学校で死ぬ
〜1部予定を変更してお送り致します〜
よく晴れた10月某日、その日は何だか朝から吐き気の強い日だった。なんとか吐き気を押さえ込みつつ景気づけにエビリファイをあおった。が、しかしこれが致命傷となってしまった……!!!バスに揺られ駅に着く頃には相当な吐き気と戦っていた。そして電車に乗り最寄り駅に到着。この間10分。それから約5分ほど歩いて昼から登校した。学校に行くだけマシだ。ワタシは学校では不登校キャラが定着しておりやさしいクラスメイトはいつワタシが来ても笑顔で「おはよう!」と声をかけてくれる。なんともやりやすい環境であろうか。
そうして始まった5限目。化学だった。モルやらなんやらよく分からない記号と数字と分数の羅列に頭がクルクルパーのワタシはゲロ吐きそうだった。いや、吐きそうだったけど問題はこれだけではなかった。授業が始まって30分はたったであろうか。なんだか体がおかしい。手と足の先からスゥと血が抜けていく感覚。冷たくなっていく感覚。頭の芯が冷たい。脂汗が滲む。だんだん黒板がアナログテレビの砂嵐に飲み込まれて見えなくなってきた。先生の声もボワンボワンと反響し、化学の授業がどこか遠いところで行われているような気がした。
これはさすがにまずい、保健室へいこう……
そう思ってフラフラしながら教壇へ行き、先生に「ちょっと……吐き気が…………あの、保健室行っていいですか…………」としどろもどろだがコミュ障なりに頑張り無事許可を得て保健室へ。しかしなんせ保健室が遠いのだ。ワタシがいた教室から渡り廊下をわたって突き当たりの階段をを2階分下り、さらにそこから一番端の場所に保健室がある。なんでこんなに歩かなきゃいけねぇんだよ。急患がいる時どうする。よく考えて保健室を設置しろという話である。
教室を出てからもさらに強くなる吐き気と貧血によってもうワタシの足取りは完全に酔っ払ったおっさんのような千鳥足であった。バタ……バタバタバタ……と音を立てて歩くワタシ。助けてくれる人も誰もいない。授業中だから……ツラい……バタバタ歩くうちにきつい耳鳴りも始まった。ここである考えがワタシの脳内に過ぎる。
ーもしかして死ぬのでは?ー
次の瞬間、
が、学校を墓場にしたくねぇ!!!!!
なんとか保健室へいかねば!!!!!
と謎に真面目な考えがよぎったのである。本当は薄れ行く意識に身を任せてぶっ倒れたかった。だがしかしここには人っ子一人いない。おかしいな、1000人以上いるはずの学校なのに……なんでこんな時に限ってだれも廊下を通らねぇんだよ!授業がおわって偶然ぶっ倒れているワタシを発見した生徒が「キャー!人が!」と騒ぎになりワタシが一躍時の人となる小っ恥ずかしい事態だけは避けたかった。学校を墓にしたくない!死んでからも学校にいなきゃいけないなんて絶対ヤダ!(何故か地縛霊になる前提)とプロ根性を発揮しワタシはなんとか保健室へたどり着いたのであった。
保健室の先生にワタシの顔面蒼白さに驚かれた。そして先生二人がかりで介抱された。「何年何組何さん?あぁ○○さんね……」(何故かワタシは有名である)「顔真っ青で口紫だよ!!」「はいベットいって!足上げて!これ湯たんぽ!」先生達も学校で死人を出すという致命的なことだけは避けたかったのかわりと優しい対応をされてそのまま無事意識を失ったのであった。〜完〜
うつ病と適応障害の違いって?
〜ここまでのあらすじ〜
☆ワタシは正式な診断がでるまで自分のことを「いやこれはうつ病だろ笑」と楽観視していた。しかし現実は厳しくなんとワタシはただの適応障害、そうガイジだったのであるー!!!
そんなこんなで、今回は「なぜワタシには薬が効きにくかったのか?」ということについて書いていく。
まず抑えておいてほしいことがこれだ。
意外と(意外か?)うつ病と適応障害は似ているようでまったくちがうのである。
適応障害は何かしらの原因が引き金となり症状として現れる。なのでその原因から離れたり、問題解決することにより多少楽になるのである。しかしワタシの場合はもう心臓や脳みそに嫌な記憶の数々がビッシリとこびりついて超強力磁石もしくは鍋底のコゲのように離れないため問題解決もなにもできないのである。1度本気で希死念慮を抱いた人間が真っ当に人生を送れないのとおなじである。残念無念また来世。
そして一番下の行に注目して欲しい。そう、この適応障害、なんと薬が効きにくいのである!!!
ワタシははじめてこの表を見た時「ッハァ〜なるほど……」とかなり納得してしまった。某ガ○テンボタンがあれば軽く200回は押していたであろう。これまでのエビリファイ全く効かない問題やサインバルタ、ただの吐き気誘発薬では?問題、ロゼレムムズムズ問題など数々の問題がこの表ひとつで解決したのであった。
そんなこんなでまだエビリファイを使用しているわけであるが、ワタシはあまりよく眠れていないという症状もある。不眠と言うよりは睡眠障である。早朝覚醒や入眠するのに時間がかかりまくるなど。次はそんなワタシを救ってくれた薬についてはなす。
次回、「早寝早起き早朝覚醒」
お楽しみに。
エブリバディファイト
ワタシこと適応障害児に処方された薬はエビリファイだった。界隈ではデパスに次ぐ有名な精神薬であった。
ここでエビリファイについて解説という名のコピペをする。
アリピプラゾール(英語: Aripiprazole)は、非定型抗精神病薬の一つである。大塚製薬が開発した。2002年7月にメキシコで製造承認され、その後60以上の国と地域で承認された。日本では2006年1月に商品名エビリファイで承認され、同年6月に薬価基準に収載された。
大塚製薬さん、本当にありがとうございますと言ったところである。ワタシは一生大塚製薬に足を向けて寝られない。ちょっと誰か、至急大塚製薬さんの本社ってどの方角にあるかおしえてくれません?枕の方向変えるんで。
エビリファイについてよくわかっただろうか。エビリファイは比較的よく処方される。内科で安易に処方されるのが悪名高いデパスだとすればエビリファイは”こちら側”に来てしまった人間が初めに処方されるであろう薬なのである。
エビリファイと最初に聞いた時ワタシは「え、エビ……?エビファイト……?」と謎の「黄色いポンポンを持って応援するエビの集団」を想像した。ただのバカである。よく考えると…エブリデイファイト……?エブリバディファイト……?どちらにせよ向精神薬を内服する者にとって残酷な名前をつけたな、と思った。(大塚製薬に失礼ですよ)
しかしこのエビリファイ、うつ病には効くのかもしれないがワタシには特に効かなかった。それはなぜか?はい、次のブログに書きます……。
お楽しみに。感想お待ちしております。
問診と自傷親バレ
1人で入った診察室での問診は「お掛けください」という主治医の素敵な笑顔で始まった。
「じゃあまず〜…なんでここに来ようと思ったんですか?」
これが最初の質問だった。ワタシは堰を切ったように言葉を発し出した。
早く死にたい、人生がいやだ、そう思うのは過去の辛い体験からきている、眠れない、悪夢を見る、消えてしまいたい、でもきっとこんなことを思うのは自分だけで、普通の人間は日々をこんなにしんどく生きていない。薬でなんとかなるなら…とおもって…その他諸々。
主治医は時々質問を交えながら真剣に話を聞いてくれた。
「リスカとか…してる?」
核心を突く、とはこういうことである。当時のワタシはそれはまぁイカ焼きレベルでリスカしまくっていたからだ。浅いが普通に傷が残る程度で。
「あぁ〜………してま……ますね…」
どもりながら答えた。
「そっかぁ〜、ウチリスカは3回までなんだよねぇ〜、3回以上だと転院だから気をつけてね!このこと、お母さんに話していい?てか話すね!」
非常に明るいトーンで現実を突きつけられたワタシは白目を向いていた。
そうしてワタシについた診断名が過去の辛い体験から生きづらさや鬱を感じ現在の現実に適応できていない、「適応障害」であった。
因みに自傷が親バレしたのだが親はきっと「触れてはいけない」と思っておりあまり触れこず家でのワタシの病気とワタシは腫れ物扱い、タブー、禁忌の話題となってしまった。
現実は辛く厳しいのである。
次回、「エブリバディファイト」
お楽しみに。
9月5日は精神科記念日
限界限界って言いまくってきたワタシだがある日ついにキャパオーバーしてしまった。9月5日。眠れなかった。何が原因かは分からなかったが、「あ、自分もうこれ以上は無理」と思ってしまった。そして午前3時頃に友人に「そろそろ限界だわ」と迷惑すぎるLINEをした。当然心配された。次の日学校があるにもかかわらず眠りについたのは4時だった。
起きてまず感じたのは「あ、今日ガッコ無理だわ」
助けてママ〜!!と母親に「今日学校休むっていって……」と報告した。人生で大事なのは報告連絡相談である。
母親から「ママにできることがあるならなんでもするよ!」と言われたが最後、私は泣きながらある決断をする。
「精゛神゛科゛つ゛れ゛て゛っ゛て゛〜〜!!」
前から行きたい病院は決めていたしあとはトントン拍子で進んでいった。
朝っぱらから泣きながら精神科に連れていってくれと泣く高校生なんて目も当てられたもんじゃない。本当に救えない人間なのである。
最初に行こうとしていた病院に問い合わせたところまさかの「未成年は受け付けていませんので別の場所にある同じ病院に行ってください」と言われてしまった。いやじゃあ看板に未成年お断りでもなんでも書いておけよという話である。とんだ苦労をしてしまった。そうしてつぎの病院に電話を掛け「あ、空いてるのは4時ごろですね!」といわれ「じゃあよろしくおねがいします」と即答したのである。
そのとき丁度朝の10時ごろだったから「別の病院も予約しとこう、その方がいい気がするし」と謎のノリでレビューが高かった病院に電話した。するとまた「あ〜、そちらの病院ですと未成年の方は対象外でして…貴方の症状的には他に同じ系列で別の場所にある所へ行ってみてください」とまたたらい回しにされたのである。なんとかそのたらい回しに終止符を打とうと紹介された病院に電話するとなんとびっくり、「あ、つぎ空いてるのは25日になりますね〜」といわれてしまった。いや、めっちゃ時間空くやん。まぁいいけど。二つ返事で了承した。
そんなことをしているうちに約束の4時が近づいてきた。最寄り駅から電車に乗って揺られること約20分程度。駅を降りてすぐの心療内科だ。その病院は「とりあえず話聞いて診断して薬出す」というワタシにとってはとてもありがたいタイプの病院だった。いまさらカウンセリングで問題解決しようとは思っていなかった。ワタシの問題を解決するのにはもう遅すぎた、と自分でもわかっているからだ。
入った所で私を迎えたのは割と大きめのクラシック音楽と受け付けの落ち着いたお姉さんだった。「あ、予約してた(本名)です……」とコミュ障丸出しで伝えると「(本名)さんですね!かけてお待ちください!」とにこやかに伝えられた。椅子は謎の配置だった。例えるなら自殺の名所で有名な新小岩駅の壁に向かって縦1列に並んだ椅子のような。1人がけのソファーがボンボンボンと無造作に、無機質に置かれていて何か禍々しい雰囲気を醸し出していた。そして問診票に個人情報やら今の自分の状態やらを書いていく。しかしワタシはびっくりするほど字がきたない。これには受け付けのお姉さんもびっくりしたことだろう。申し訳ない。
そうして数十分待たされた後遂に「(本名)さ〜ん、2番の診察室へどうぞ〜!」
いよいよ緊張の瞬間である。
入って最初の感想、
ここはラベンダー畑か?
そう、とてもクリーンな環境だったのである。(当たり前だよ)入ってすぐの左手に無機質なパソコンとデスク、そこに座る中肉中背の30代後半と言ったところであろうか、眼鏡をかけたおじさんがいた。その手前に普通の回転するいい感じの椅子がある。しかし普通の内科と違い先生の後ろにある棚にびっしりとつまった精神関係の本、参考書が「ここは精神科である」と物語っていた。心の救いはアロマのラベンダーのいいかおりだけだった。ここからいよいよ問診が始まっていくのである。
お楽しみに。
自傷って痛くないの?
自傷行為には様々な種類がある。代表的なものはリストカット、アームカット。その他爪を噛んだり髪を抜いたり、意外と身近なものもある。
ワタシがよくやるのは腕を切るアームカットだ。
やってる時は大体デパスでキマって変なテンションになっているからよくインスタのストーリーに「みてwwwww」みたいな言葉と共に載せる。心配してくれる優しい友人は「痛くないの?」と言ってくれる。
普通に痛い。し、お風呂でしみる。傷跡は皮がむけてピリピリするし乾燥がひどいのでワタシは何を思ったか一昔前のYouTuberのように風呂上がりにハトムギ化粧水を叩き込みNIVEAを塗りたくった。因みにハトムギとNIVEAで肌が白くなることはないのでそんなことを過去1度でも言ったことのあるYouTuberは登録解除して欲しい。車○セナ君は最高である。
しかも腕は皮が薄いので傷跡がめちゃくちゃ残る。タトゥーよりもタチが悪いリスカ痕である。実際見られたり気づかれたりしたら「あっ……」みたいな謎の気を使われていますよという空気になる。メンヘラ最高だな?(やめなよ)きっとタトゥーを入れている人もこんなふうな気持ちを味わうのだろう。(一緒にするな)
今日のブログは短いが勘弁して欲しい。もうすぐ学校の最寄り駅に着くからさ…
次回、「9月5日は精神科記念日」
お楽しみに。
アダルトチルドレンとその気づき
久しぶりになりました。
なんだか生きづらい。 そんな風な思いを常に抱えながら5年以上生きてきた。
例えば他人の目が異常に気になるとか、なんでもない笑い声が「自分のことを笑っているのではないか」と思ってしまったり、憂鬱な気分のときは何も手につかなかったり、文字が頭に入ってこなかったり。そもそも、「生きづらい」という感覚も他人から気付かされた。
「え、だってアンタ生きづらそうじゃん〜笑」
あ、自分って生きづらいんだ。
ストンと腑に落ちた。
そんなある時、「アダルトチルドレン」という言葉に出会った。最初は「え、なんかいかがわしい感じ?ちょっとR入る感じ?」と思っていた。
「アダルトチルドレンって何?」そう思って調べてみると、こう書いてあった。
『アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなおトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。頭文字を取り、単にACともいう。』
『一般には、「親からの虐待」「アルコール依存症の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷(トラウマ)として残っている人をいう。破滅的、完璧主義、対人関係が不得意といった特徴があり、成人後も無意識裏に実生活や人間関係の構築に、深刻な影響を及ぼしている。』
『ACは自己認知の問題であり、診断的に与えられる言葉ではない。生きづらさという問題を解決するための自覚用語である。』
『虐待には、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトが代表的なものとしてあります。その他に医療ネグレクト、教育ネグレクト、経済ネグレクト、DVの目撃、親の性行為を見せる、なども虐待であると最近では言われています。』
あ、これワタシじゃん。DV、目撃しまくったわ。
それはもう、パズルの最後のピースがハマるように、さも「それがあなたの抗えない事実ですよ」と言われたかのようにストンと腑に落ちた。なんだ、そういうことだったのね、あ、そうなんだぁ〜、へぇ〜…と通学途中の電車の中で感嘆した。因みにこのあとギガ使いすぎで通信制限になった。
さらに調べて行くと、アダルトチルドレンには種類、タイプがあることがわかった。ヒーロー、スケープゴート、ロストワン、ケアテイカー、ピエロだ。
ヒーローは親の機嫌を損ねないように、期待に応えようと勉強も運動も頑張る子供で、少しの挫折で心が折れてしまうことがある。スケープゴートは生贄という意味で、機能不全家庭のなかのいわば「ゴミ箱」の役割を果たす。わざと問題行動を起こしたりする、など。ロストワンは「居ない子」。家族間で存在を消されたりしてしまう子供。ケアテイカーは献身的に機能不全家庭に代わり家事や弟妹の面倒を見るなど家族が崩壊しないよう努力する。そしてピエロ、これこそワタシではないか?と思う。
『家族の暗い雰囲気を回避するために、おどけたり、おちゃらけたり、冗談を言ったり、面白いことを言って笑わせたりして明るい雰囲気を作ろうとします。ひょうきんで明るい性格に一見すると見えますが、過度に雰囲気を読み取り、人の表情を伺い、どうすれば険悪なムードにならないかと常にビクビクしていたりします。』
う〜ん、わかりみが深いってこういうことなんだな。と心のどこかで他人事のように思った。
今は比較的平和な家庭になったが、保育園の年中〜中学3年ほどピエロだったような気がする。両親のピリピリした雰囲気を少しでも和らげようと面白いことをしたり、わざとアホなことをしたり。喧嘩した両親の仲を取り持ったり。母親はよく電話口で喧嘩をしていたので、昔の携帯の着メロは私にとってどんな音楽よりも恐ろしいし、家の内線も同様に恐ろしかった。いまでもたまに街中で耳にするときがあるが、手先が冷たくなる。目がキョロキョロ動く。冷や汗が出てくる。とっくに昔に過ぎ去ったことなのに。お腹の底が冷えて行く感覚。両親間での話題にも気をつけた。父親の前で話してはいけない事、母親の前で話してはいけない事。うっかり口が滑ったときは自分をこれでもかというくらい責めた。そんな風に、波風立てないようにいきてきた。
こんなことあってたまるか。あっちゃいかんだろ。安易な性交渉、1時の快楽に身を任せると生まれてくる子供がとんでもない迷惑を被るので家族計画は念には念を入れてくれ。恋愛は理想、結婚は現実。人生の墓場。出産は命のタイムリミットの始まり。「産む権利」はあるが「出生を拒否する権利」は赤ん坊にないからな。おねぇさんとの約束だぞ。ツイッターにも有名な言葉があるだろう。
「ボクのパパがママの中で感じた数秒間の快楽のお陰で今の不幸があります。」
こんなやつ。機能不全家族で育った子供はそんなこと思って生きてるからな。
話が逸れた。ここからはアダルトチルドレンの問題について書いていく。
アダルトチルドレンの主な問題としては、「精神障害」「極端な人間関係」「否定的な自己像」「自殺・自傷」「世代間連鎖」「生きづらさ」などである。
オイオイここはどこのビンゴ大会だよと言いたくなるほど当たっている。私自身、他人に依存するし自己否定が激しいと言われるし、自傷もする。世代間連鎖については、「私の代でこの不幸を止めなければ」という考えがあるし、生きづらさなんて常に抱えているものである。
気づいてからは思いのほかすんなり受け入れられた。むしろ「なんで今まで気づかなかったのかな」と思いすらした。
「もしかしてじぶん、虐待うけてる?」と思ったひとはためらわずに調べてみてほしい。「虐待 定義」とか「虐待 種類」とか。それと、なんとなくいきづらさを感じているひとも、「いきづらさ 原因」とかで調べてほしい。モヤモヤを抱えたまま生きるのと、そのモヤモヤの正体に気づいたあとは全く違う。今までの自分について知れるし、少しだけ自己がわかった気がする。いきづらさの解消はできないかもしれないが、自覚するのとしないのでは大違いだから。
ワタシは運良く殴られたり蹴られたり、ネグレクトされたりするタイプの虐待ではなかったが虐待は虐待である。子供がそう思ったらそうなのである。
そんなこんなでACであることに気づいたワタシはつきまとういきづらさをどうにかやりこめて今日もいきている。
次回「自傷って痛くないの?」
おたのしみに。